チェスに「持ち駒」を入れると終盤は長くなるのか:自分で確かめる実験の設計書
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将棋では、取った駒が自分の手札になり、あとで盤に打てます。チェスでは、取られた駒は盤から消えます。駒が減るほど局面は単純になり、決着が近づきます。これが終盤の基本的な姿です。 ここで、取った駒が戻ってくるルールを考えてみます。盤上の駒が減りにくくなり、終盤がなかなか来ない、という予想が立ちます。一方で、打つ手で一気にキングを囲めるので、決着がむしろ早まる、という逆の予想も立ちます。どちらが当たるかは、実際に対局して数えないと分かりません。この記事は結果を示さず、二つの予想を数字で確かめるための設計書です。 確かめるのは「終盤の長さ」です。ただ、「終盤」の線引きは人によって違います。そこで、指標を対局の前に決め、通常のチェスと持ち駒ありのチェスを同じ二人で交互に指して比べる形にします。必要なのは実物のチェス盤と駒、筆記具、対局相手一人です。
変えるのは一つだけ:持ち駒ルールを先に固定する
シリーズの趣旨に合わせ、変更は「持ち駒」の一点にします。ただし、持ち駒を入れると細かい疑問がいくつも出ます。対局中に決めると、その場の都合でぶれます。次の表を紙に書き写し、二人で声に出して読んでから始めます。
- 取った駒、固定するルール:取った側の持ち駒になります。盤の外の決まった場所に置き、取った側の色の駒として扱います
- 打つ手、固定するルール:自分の手番に、盤上の駒を動かす代わりに、持ち駒1枚を空いているマスに置けます。1半手として数えます
- ポーン、固定するルール:1段目と8段目には打てません。2段目(黒は7段目)に打ったポーンは、通常と同じ扱いにします
- 王手されているとき、固定するルール:打つ手で王手を防いでもかまいません。打った後も自分のキングが王手のままになる手は指せません
- 昇格した駒、固定するルール:取ったらポーンの持ち駒に戻します。昇格した駒の下にコインを置いて見分けます
- キャスリング・アンパッサン、固定するルール:通常どおりです。打つ手はキャスリングの権利に影響しません
- 50手・同一局面、固定するルール:打つ手は50手のカウントを戻します。同一局面は、持ち駒まで同じときだけ同じ局面として数えます
「半手」とは、白か黒のどちらか一方の1手のことです。チェスで言う「1手」は白黒1組を指すことが多いので、混乱しないよう、この実験では半手で統一します。
将棋の打ち歩詰め(ポーンを打って即座にチェックメイトにすること)の禁止は、ここでは入れません。余力があれば、別の条件として後から試せます。ステイルメイト(動かせる手がなく引き分けになる状態)は、打てる持ち駒があれば成立しにくくなります。この点も、記録の端に残しておくと後で読み返せます。
「終盤の長さ」を三つの数字で測る
「終盤が長い」を一つの数字にするのは難しいので、次の三つを並べます。
- 総半手数:開始から終局までの半手の数です。打つ手も1半手として数えます。
- 到達後の半手数:盤上の駒の合計(白黒あわせて)が、決めた数以下になった最初の局面から、終局までの半手数です。この「決めた数」を閾値と呼びます。例として16にします。
- 未到達・未決着の数:閾値に一度も届かなかった局と、上限の半手数に届いても決着しなかった局を、それぞれ数えます。
持ち駒ありでは、取った駒が盤に戻るので、閾値に届かない局が出るかもしれません。その局を捨てたり、数字を空欄にしたりすると、比べたい差そのものが消えてしまいます。「未到達」は結果の一部として記録します。
補助として、打つ手の回数と、最後の一手が打つ手だったかどうかも残します。数字の差が出たとき、その理由をたどる手がかりになります。
次の二つは、対局を始める前に紙へ書いて固定します。
- 閾値(例:盤上の駒の合計が16以下)
- 打ち切りの上限(例:200半手を超えたら未決着)
上の例の数字は、あくまで出発点です。自分たちの対局の長さに合わせて決め、始めた後は変えません。
準備と対局の手順
必要なものは、チェス盤と駒、昇格の印にするコイン、取った駒を置く小皿または紙、記録シート、時計代わりのタイマー(なくてもかまいません)です。
- ルール表、閾値、上限を紙に書き、対局者二人で読み合わせます。判定で迷ったときに誰が決めるかも、このときに決めます。第三者に審判を頼めるなら、より確実です。
- 持ち駒ありの練習対局を2局行います。この2局は集計に入れません。打つ手の癖やルールの適用ミスが、最初のうちに出やすいためです。
- 本番は、条件A(通常のチェス)と条件B(持ち駒あり)を交互に行います。順番はA、B、B、A、A、B、B、A……のように入れ替えると、慣れの影響が片方に偏りません。各条件10局が目安です。
- 先手(白)は、同じ条件の中で二人が交互に務めます。
- 考える時間の扱いは、全局で同じにします。持ち時間なしでも、1手の目安を決めても、かまいません。
- 毎半手、棋譜を書きます。打つ手は「ポーン打 e4」のように、二人で決めた書き方で残します。あわせて、取った手と打つ手のたびに、盤上の駒の合計を更新します。取れば1減り、打てば1増えます。
実物の盤を使うのは、条件Bのような持ち駒の操作を、確認済みの機能に頼らず自分たちの手で扱えるからです。
アソバースの「灯りのチェス」は、通常のチェスを遊べる作品で、取った駒の表示と全棋譜の表示があります。持ち駒を打つ機能は、確認済みの内容に含まれていません。そのため条件Bには使えません。条件Aだけを画面、条件Bだけを実物にすると、差が持ち駒によるのか、媒体によるのか分からなくなります。両方とも実物の盤で行うのが基本です。
灯りのチェスは、同じ画面でのふたり対局で通常のチェスを指し、全棋譜を見ながら半手数を数える練習に使えます。記録の取り方を、実験の前に体で覚える使い方です。ヒントや一手戻すは、実験の目的に関わる補助なので、使わないと決めておくと安全です。
記録シートと集計のしかた
1局ごとに、次の項目を1行で残します。
- 局番号・条件、書く内容:例:7局目・B
- 白の人、書く内容:どちらが白だったか
- 総半手数、書く内容:終局までの半手数
- 閾値に届いた半手、書く内容:届かなければ「—」
- 届いた後の半手数、書く内容:総半手数から引いて求めます
- 打つ手の回数、書く内容:両者の合計
- 終局の種類、書く内容:チェックメイト/投了/引き分け/上限で未決着
- 最後の一手、書く内容:打つ手か、駒を動かす手か
集計は条件ごとに分けて行います。
- 総半手数を小さい順に並べ、真ん中の値(中央値)を出します。10局なら5番目と6番目の平均です。
- 最小値と最大値も書きます。
- 閾値に届かなかった局数と、未決着の局数を数えます。
平均ではなく中央値を使うのは、極端に長い局が1局あるだけで平均が大きく動くからです。
結果の読み方と起こりやすい誤り
数字をどう読むか
まず、条件Aと条件Bの総半手数の範囲(最小〜最大)を並べて眺めます。範囲がほとんど重ならないなら、差がありそうだと考えられます。重なりが大きいなら、この局数では差があるとは言えません。その場合は、局数を増やして結果が安定するかを見ます。
次の表は、見えた形から原因を考えるための読み筋です。結果の予想を述べているのではなく、数字が出たあとに追加で何を調べればよいかを示しています。
- Bで総半手数が長く、閾値に届かない局が多い、考えられる読み:取った駒が戻るので、盤上の駒が減りにくい、追加で確かめること:駒数の推移を見て、打つ手が取る手を打ち消しているか
- Bで総半手数が短い、考えられる読み:打つ手で寄せが速い、あるいは合駒(王手を防ぐために駒を間に打つこと)が使われずに終わった、追加で確かめること:最後の一手が打つ手だった局の割合、打つ手での王手の回数
- 総半手数は近いが、届いた後の半手数が違う、考えられる読み:終盤の入り方は同じでも、そこからの寄せ方が違う、追加で確かめること:届いた後の棋譜を並べて比べる
- 範囲が重なり差が読めない、考えられる読み:この局数では判断しない、追加で確かめること:局数を増やす、二人の慣れの影響を疑う
起こりやすい誤り
- 結果を見てから閾値や上限を変える:好みの結論に寄せてしまいます。始める前に紙に書き、動かしません。
- ルールの適用漏れ:ポーンを8段目に打つ、取った駒の色を戻し忘れる、昇格した駒をそのまま持ち駒にする、といったミスが起きやすくなります。対局者以外の確認役がいると減らせます。
- 習熟の影響:条件Bをしばらく指すと、打つ手が上手くなります。順番を入れ替え、練習2局を捨てるのはそのためです。
- 先後の偏り:同じ人が白ばかり持つと、条件の差ではなく先手の有利が混ざります。同じ条件内で交互にします。
- 平均だけを見る:長い局に引きずられます。中央値と範囲を並べて見ます。
- 棋力差が大きすぎる:どちらの条件でも局が短くなり、差が見えにくくなります。実力が近い相手と指します。
- 打つ手の記録忘れ:後から半手数が合わなくなります。取る手と打つ手のたびに、駒数の欄を更新します。
次の行動
まず、持ち駒ありの練習対局を2局指してみてください。ルール表を紙に書き、閾値と上限を決めてから始めます。通常のチェスの感覚をつかむには、灯りのチェスで終盤を一局指して、全棋譜から半手数を数える練習をしておくと、本番の記録がスムーズです。

