もしチェスの駒が全部同じ動きだったら
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チェスの盤の前に座り、32枚の駒を並べ終えたところを考えてみます。ここで「どの駒も、動き方は同じ一種類」というルールに変わったとします。ルークもナイトもポーンも、見た目は今まで通りで、動き方だけが一つに揃っています。このとき、対局は成り立つでしょうか。成り立つとしたら、チェスらしさはどこに残るでしょうか。 先に結論の方向だけ置いておきます。駒の個性が消えると、「どの駒をどの駒と交換すると得か」という計算は意味を失います。代わりに前に出てくるのは、間合いに先に入った側が損をするのではないかという、手番と距離の勝負です。この記事は、その見立てが成り立つ条件と、成り立たない条件を、思考実験と自分で行える手順で確かめていきます。
先に決めておく四つの仮定
思考実験は、ルールの曖昧さを先に潰さないと、人によって別の話になります。次の四つを仮定として固定します。
- 初期配置は通常のチェスと同じにします。動き方だけが一種類に揃います。
- ポーンの特殊な動き(初手の2マス進み、斜め取り、昇格、アンパッサン)とキャスリングは無いものとします。
- 「チェック」の義務は無くし、勝利条件は相手のキングを取ることにします。標準のチェスは「取る直前に詰みで終わる」ルールなので、これは単純化のための仮定です。
- 動き方を揃える種類は、キング、ナイト、ルーク、ビショップ、クイーンのいずれかを選んで比べます。
標準ルールではなく変則ルールの話なので、「灯りのチェス」のように標準ルールで動く作品では、この変則は再現できません。変則は紙の盤や手持ちの駒で試すことになります。
消えるもの、残るもの
駒の個性が消えると、まず駒の役割分担が消えます。ふだんのチェスでは、ルークは筋を支配し、ナイトは混戦を跳び越え、ビショップは斜めに睨みを利かせます。この分担が、序盤の定跡や終盤の形を作っています。
次に駒の価値の階層が消えます。ポーンを1、ナイトとビショップを約3、ルークを約5、クイーンを約9とする点数の目安はよく知られています。これは動きの強さの違いを数にしたものです。動きが揃えば、どの駒も「同じ強さの1枚」になり、残る差は盤上の位置と、味方に守られているかどうかだけです。
では、何が残るでしょうか。
- 交互に一手ずつ指す手番
- 盤の広さ(8×8の64マスという空間の制約)
- 取り合い(動ける先に相手の駒がいれば取れる)
- キングを取る、取られるという目標
- 数の優劣(駒の枚数が多いほうが有利になりやすい)
この中で特に面白いのは、取り合いの相互性です。キング、ナイト、ルーク、ビショップ、クイーンの動きは、AがBに届くならBもAに届く性質を持っています。標準のチェスでこの関係が崩れるのは、斜め前にだけ取るポーンくらいです。動きを揃えると、全駒が相互の関係になります。つまり、AとBが互いに取れる間合いに入ったとき、先に取れるのは手番を持つ側です。間合いに入る手を指した側は、その直後に相手に取られる側になります。
そうなると、駒を前に出す手は「相手に取られない場所へ出す」か「取られても守られていて取り返せる場所へ出す」かの二択に絞られます。ここから先は、動き方の種類によって性格が変わります。
動きを一つに揃えると、盤面の性格はどう変わるか
全部キングの動き(隣の8マスに1歩)
最も穏やかな設定です。初期配置では、両軍の間に4段の空きがあります。前線は数手かけないと接触しません。接触の瞬間は、先に隣り合わせにした側が取られる側になります。そのため、自分の前線を進めるより、相手が進んでくるのを待ちたくなります。進めずに待てる手(後ろに下がる、横に動く)があるので、手詰まりに近い膠着になりやすいと考えられます。実際にそうなるかは、対局で確かめる項目です。
全部ルークの動き(縦横に何マスでも)
駒が遠くまで届くため、初期配置のままでも、前列の駒が筋を通して相手に届きます。ただし、間に駒があると止まります。他の駒が壁になるので、最初の捕獲は前列同士の取り合いから始まります。守りの基本は「取り返せる味方を後ろに置くこと」になり、交換が連鎖しやすい盤面です。
全部ビショップの動き(斜めに何マスでも)
ここが最も奇妙です。ビショップは生涯、同じ色のマスの上を動きます。全駒がこの動きなら、明るいマスの駒と暗いマスの駒は、永久に取り合えません。初期配置で白のキングと黒のキングがどの色のマスにいるかは、盤の上で自分の目で確かめてください。標準の配置では、2人のキングは別の色のマスにいます。すると、白キングを狙えるのは黒の「白キングと同じ色のマスにいる駒」だけです。盤は、明るいマスだけの小さな盤と暗いマスだけの小さな盤の二つに分かれ、手番を共有しながら並行して進む二つのゲームになります。片方の盤で攻めている間、もう片方の盤では手を指せません。どちらの盤に手を使うかの配分が、戦略の中心になります。
全部ナイトの動き(L字に跳ぶ)
ナイトは一手ごとに、いるマスの色が必ず変わります。ナイトが相手に届くのは、互いに別の色のマスにいるときだけです。自分が動くと色が変わるので、同じ駒どうしの「届く、届かない」の関係は、一手ごとに入れ替わります。さらに、ナイトは間の駒を飛び越えるので、壁で守ることができません。「間に駒を置いて遮る」という守り方が使えず、守りは「取られた後に取り返す」だけです。
空の盤で「動ける数」を数える
動きの違いは、空の盤で数えると、はっきり見えます。次のコードは、a1の隅と、盤の中ほどにあるd4から、各動きで届くマスの数を数えます。ブラウザで開くだけで動きます。
<pre id="out"></pre>
<script>
const N = 8;
const KING = [[1,0],[-1,0],[0,1],[0,-1],[1,1],[1,-1],[-1,1],[-1,-1]];
const KNIGHT = [[1,2],[2,1],[-1,2],[-2,1],[1,-2],[2,-1],[-1,-2],[-2,-1]];
const ROOK = [[1,0],[-1,0],[0,1],[0,-1]];
const BISHOP = [[1,1],[1,-1],[-1,1],[-1,-1]];
const TYPES = {
キング: [KING, false],
ナイト: [KNIGHT, false],
ビショップ: [BISHOP, true],
ルーク: [ROOK, true],
クイーン: [ROOK.concat(BISHOP), true],
};
function count(dirs, slide, x, y) {
let n = 0;
for (const [dx, dy] of dirs) {
let cx = x + dx, cy = y + dy;
while (cx >= 0 && cx < N && cy >= 0 && cy < N) {
n++;
if (!slide) break;
cx += dx; cy += dy;
}
}
return n;
}
let text = "駒 / a1 / d4\n";
for (const [name, [dirs, slide]] of Object.entries(TYPES)) {
text += name + " / " + count(dirs, slide, 0, 0) + " / " + count(dirs, slide, 3, 3) + "\n";
}
document.getElementById("out").textContent = text;
</script>これは盤が空のときの数え上げなので、手計算でも確かめられます。数字は次の通りです。
- キング、隅(a1):3、中ほど(d4):8
- ナイト、隅(a1):2、中ほど(d4):8
- ビショップ、隅(a1):7、中ほど(d4):13
- ルーク、隅(a1):14、中ほど(d4):14
- クイーン、隅(a1):21、中ほど(d4):27
読み取れることが三つあります。ルークは位置によらず14で一定です。ナイトとキングは隅と中央で差がありますが、そもそも数が小さいので、隅の駒でも中央の駒でも「届く範囲の広さ」の差は他の動きより小さめです。ビショップとクイーンは位置の差が大きく、中央に置く価値が高いことがわかります。ただし、この数は盤が空のときの値です。駒が並んでいれば、壁になって減ります。到達マス数は駒の強さそのものではないので、「この数が大きいほど強い」とは読まないでください。
自分の盤で確かめる手順
ここまでの見立て(手番側が先に取れる、動きによって膠着のしかたが変わる)は、まだ推論です。確かめるには、次の手順で試します。
準備するもの:チェス盤と駒(紙の盤でも可)、記録用のメモ、対局相手(一人で両側を持つこともできます)。
手順:
- 動きを一つ選びます(例:全駒クイーンの動き)。前節の四つの仮定を紙に書いて、対局前に相手と読み合わせます。
- 先手後手を決め、1局を指します。同じ動きで最低でも10局を目安に、先手後手を入れ替えながら重ねます。
- 1局ごとに、次の四つを記録します。
- 最初の捕獲が起きた手数
- 決着までの手数
- 先手勝ちか後手勝ちか
- 勝敗を決めた最初の1枚は、どの駒(種類ではなく列と段の位置)か
- 動きを替えて、同じ手順を繰り返します。
結果の読み方:
- 最初の捕獲が早く、先手勝ちが多い動きでは、手番の価値が大きいと読めます。
- 最初の捕獲が遅く、決着までの手数が長い動きでは、間合いの取り合いによる膠着が起きていると読めます。本文の「待つほうが得」という見立てに近い結果です。
- 勝敗がどちらにも偏らない動きでは、手番と位置のバランスが取れていると読めます。
起こりやすい誤り:
- ルールの穴(ポーンはどう動くのか、取った後に動いていいのか)を曖昧にしたまま始めると、局ごとに解釈が変わり、記録を比べられません。
- 同じ相手と繰り返すと、癖や慣れで勝敗が偏ります。可能なら相手を替えるか、先手後手を入れ替えます。
- 10局程度では偏りの傾向を見るまでです。「この動きは先手必勝」と断定する材料にはなりません。
比較の基準が欲しいときは、標準ルールの対局で同じ記録を取ります。たとえば「灯りのチェス」の棋譜表示を使えば、標準ルールで最初の捕獲が何手目だったかを自分で読み取れます。駒の動き方ガイドも、標準の動きを確かめ直すときに役立ちます。これらの細部は作品を開いて確かめてください。
次の行動
まず、選んだ一つの動きで10局を指し、前節の四項目を表にしてみてください。標準ルールの対局を基準として何局か記録しておくと、駒の個性が何を支えているのかが、数字で見えてきます。変則ルールを遊べるブラウザゲームに仕立てたくなったら、HTMLにまとめて投稿する道もあります。公開にはメールアドレスの確認が必要です。

