マガジン

ゲームの翻訳にAIを使う:品質を保つチェック

遊びを届ける

執筆にClaudeを使用しています。

折りたたみ紙が広がる枠で、言語による文字量に対応する画面設計を表したイラスト。
記事のテーマをもとに制作したAI生成イラスト。

AIを使えばゲームの翻訳コストは大幅に下がります。しかし「とりあえず全文を貼り付けて翻訳させる」だけでは、プレイヤーが違和感を覚える訳文が混入しやすく、リリース後に修正コストが発生しがちです。問題は翻訳の速度ではなく、どこで品質が崩れるかを事前に見極めることです。 この記事では、AIによるゲーム翻訳を実際に使い物にするための判断基準と確認手順を示します。「何をAIに任せ、何を人間が判断するか」という切り分けに絞って説明します。

この記事の目次
  1. AIが苦手なゲーム翻訳の4つの地雷
  2. 翻訳前に準備するもの
  3. AIへの指示の書き方
  4. 訳文の確認手順
  5. よくある失敗と対処
  6. 次の行動
  7. 参考資料

AIが苦手なゲーム翻訳の4つの地雷

AIの翻訳精度は全般的に高くなっていますが、ゲームテキストには一般文書と異なる構造的な難しさがあります。

1. 文脈のない短いUI文字列「攻撃」「はい」「戻る」のような単語はそれだけでは訳せますが、「クリア」「スキップ」「セット」のように複数の意味を持つ語は、前後の画面情報がなければ正確に訳せません。AIは前後関係なしに渡されると、もっとも頻度の高い訳語を返します。

2. キャラクターの口調や人称日本語の「俺」「僕」「あたし」は英語では全員「I」になります。逆に英語からの翻訳では、キャラクターの性格や関係性をAIが知らないと、全員が同じ丁寧語になりがちです。口調が崩れると、プレイヤーがキャラクターを「誰が誰かわからない」と感じる原因になります。

3. 変数・タグが混在する文字列{player_name}が{item}を手に入れた! のような文字列をそのまま渡すと、AIが変数名を翻訳してしまうことがあります。{jugador_nombre} のように変数名が書き換わると、ゲームが実行時にエラーを出します。これは見落としやすく、テスト前には気づきにくい事故です。

4. 語数制限がある表示領域ボタンラベルやステータス画面には、文字数の上限が設けられていることが多いです。日本語の短い語が英語では長い単語になり、UIからはみ出すケースは頻繁に起こります。AIは文字数制約を指示しないと守りません。

翻訳前に準備するもの

チェックの手間を後から減らすには、翻訳を始める前の準備が重要です。

用語集(グロッサリー)を先に作る

固有名詞・スキル名・アイテム名・世界観の専門語を一覧にして、翻訳の指示に含めます。AIは指示の中に用語集があると、それを優先して使います。用語集なしで翻訳して後から気づいた場合、全文を再翻訳するか手作業で置換するかという二択になります。

形式は単純な対訳リストで十分です。「剣聖:Blade Saint(固定)」「転移:Teleport(魔法のコンテキストのみ)」のように、補足が必要なものには短い条件を添えます。

キャラクターシートを作る

口調を維持するには、キャラクターごとの設定をAIに伝える必要があります。「主人公:男性10代、砕けた話し方、語尾に〜ぜ/〜ぜ」「王:中年男性、威厳のある丁寧語」のような一文で十分です。これを翻訳プロンプトに添付するだけで、口調の一貫性が大きく改善します。

文字列ファイルを構造で分類する

UI文字列、セリフ、説明文、エラーメッセージは、翻訳の難易度と要確認項目が異なります。一つのファイルにまとめて渡すより、種類ごとに分けて翻訳し、チェック項目を変えるほうが効率的です。

AIへの指示の書き方

どのAIツールを使う場合でも、指示の構造を統一することで訳文の品質が安定します。

翻訳プロンプトに含める要素は次の順番で書くと整理しやすくなります。

  1. 対象言語と文体の指定(例:「英語(米国)に翻訳してください。ゲームUI向けの自然な表現を使ってください」)
  2. 変数・タグの扱い(例:「{}で囲まれた部分は翻訳せず、そのまま残してください」)
  3. 文字数制限(例:「各訳文は原則20文字以内に収めてください。超える場合は短縮した訳を括弧内に追記してください」)
  4. 用語集(対訳リストをそのまま貼り付ける)
  5. キャラクター設定(該当するキャラクターのセリフを翻訳するときのみ)
  6. 翻訳対象のテキスト

指示が長くなることを気にする必要はありません。曖昧な指示で訳文が崩れるよりも、明示的な制約で安定した出力を得るほうが後工程を減らせます。

訳文の確認手順

AIが出力した翻訳をそのまま採用するのではなく、次の順番でチェックします。

ステップ1:変数・タグの保全確認(機械的に確認できる)

原文に含まれていた変数・タグが訳文にも残っているかを確認します。テキストエディタの「検索」機能や、スクリプトを使えば自動化できます。これは品質の問題ではなくバグの問題なので、最初に除去します。

ステップ2:用語の統一確認(半機械的に確認できる)

用語集で定めた訳語が使われているかを、一括検索で確認します。「Blade Saint」が一部「Sword Master」になっていないか、といったブレを拾います。

ステップ3:UI文字列の長さ確認(機械的に確認できる)

文字数制限があるラベルについて、訳文の文字数が上限に収まっているかを確認します。上限を超えている場合は、その文字列だけAIに「XX文字以内で短縮してください」と再依頼します。

ステップ4:セリフの口調確認(人間が読む)

キャラクターシートと照らし合わせ、口調が崩れていないか通読します。全体を通読する時間がない場合は、同じキャラクターのセリフを連続して読む「縦読み」が効率的です。1キャラクターあたり数分で口調のブレに気づけます。

ステップ5:ネイティブチェックの要否を判断する

完全無料でリリースするカジュアルゲームと、課金要素を持つゲームでは、品質への要求が異なります。ネイティブによる確認を省略してよいかどうかは、テキスト量・リリーススコープ・訴求ターゲットで判断します。AI翻訳はネイティブチェックを不要にするものではなく、ネイティブチェックのコストを下げるものとして位置づけるのが現実的です。

よくある失敗と対処

「全文を1回で翻訳させたら後半の品質が落ちた」長いテキストを一度に渡すと、後半で指示の遵守率が下がることがあります。文字列を1,000〜2,000語程度のまとまりに分割して渡すと安定します。

「再翻訳するたびに訳語がブレる」用語集を毎回のプロンプトに含めることで防げます。前回の訳文をAIが覚えているわけではないため、都度指定が必要です。

「自然に聞こえるか判断できない」AIに「この訳文は自然な英語ゲームの表現として違和感がありますか。不自然な点があれば理由とともに指摘してください」と確認させる方法があります。完全ではありませんが、明らかなぎこちなさを拾う補助になります。

次の行動

まず手元のゲームテキストから固有名詞と変数を含む文字列を抜き出し、用語集とキャラクターシートをシンプルな形式で作ってみてください。その2点を翻訳プロンプトに加えるだけで、今日から訳文の安定度が変わります。翻訳したゲームの完成後は、アソバースへのZIPファイル投稿や公開済みURLの登録で、多言語対応ゲームを広く届けることができます。

参考資料

  • W3C Internationalization(i18n)ガイドライン
  • IGDA ローカライゼーション特別委員会 ガイドライン