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ゲームのジャンル分けが難しくなった理由

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執筆にClaudeを使用しています。

しおり・ハート・時計の目印が付いた棚から、小さなゲーム世界の本を取り出すイラスト
記事のテーマをもとに制作したAI生成イラスト。

「このゲーム、何ジャンルなの?」と聞かれて即答できなかった経験はないでしょうか。昔であれば「シューティング」「RPG」「パズル」と言えばほぼ伝わりました。ところが近年のゲームは、一言で言い表せないものが増えています。これは偶然ではなく、ゲームの作られ方と遊ばれ方の両方が変わったことで起きている、構造的な変化です。 この記事では、ジャンル分けが難しくなった背景をいくつかの視点から整理します。「ジャンルとは何か」という定義論ではなく、「なぜ今、分類が機能しにくくなっているのか」という実際的な問いに絞って考えます。ゲームを探す立場でも、作る立場でも、この問いを整理しておくと、タイトルの選び方や説明の仕方が変わってきます。

この記事の目次
  1. ジャンルはもともと「棚の都合」で生まれた
  2. 「組み合わせ」が標準になった
  3. 「体験の目的」がジャンルをまたぐようになった
  4. タグ文化がジャンルを補完し始めた
  5. ジャンル名は「期待値の調整」として使うと有効
  6. 次の行動

ジャンルはもともと「棚の都合」で生まれた

ゲームのジャンルという概念は、もともとは流通と販売の都合から生まれたものです。店舗の棚に並べるとき、パッケージをどこに置くかを決めるために「アクション」「アドベンチャー」「シミュレーション」といった区分が必要でした。雑誌のレビュー欄でも、読者がページをめくるときの道案内としてジャンル名が使われました。

この時代のジャンルは、操作方法と目的の組み合わせで比較的きれいに分かれていました。敵を撃つ=シューティング、マップを探索しながら成長する=RPG、ピースを当てはめる=パズル、という対応がおおむね成立していたのです。ゲームの開発コストが高く、一つのスタジオが一つのジャンルに専念するのが普通だったことも、分類をシンプルに保つ一因でした。

デジタル販売とインディーゲームの台頭によって、この前提は大きく崩れました。棚の物理的な制約がなくなり、一人または少人数の開発者が複数のジャンルの要素を自由に組み合わせられるようになりました。ジャンルが「どこに置くか」の道具である必要がなくなったとき、分類の枠組み自体がゆらぎはじめました。

「組み合わせ」が標準になった

現在のゲームでジャンル分けが難しい最大の理由は、ジャンルの「掛け算」が普通になったことです。

たとえばローグライクというジャンルを考えてみてください。もともとは1980年代のテキストRPGに由来する特定の仕組み(手続き生成マップ、永続死、アイテムのランダム性)を指す言葉でした。ところが現在は、デッキ構築ゲームにローグライク要素を加えたもの、アクションゲームにローグライク要素を加えたもの、農場シミュレーターにローグライク要素を加えたものが次々と登場しています。「ローグライク」はもはや単独のジャンルというより、他のジャンルに足せる修飾語になっています。

同じことはメトロイドヴァニアにも言えます。探索型アクションという共通の骨格を持ちながら、ホラー要素が強いもの、対話と物語が中心のもの、パズル的なマップ設計が主眼のものが混在しています。プレイヤーが「メトロイドヴァニア」と聞いて想像するゲームは、人によってかなり違います。

このような掛け算が増えると、ジャンル名は「このゲームに含まれる要素の一部」を指すものになり、「このゲームがどんな体験か」を一言で伝える機能を失いはじめます。

「体験の目的」がジャンルをまたぐようになった

ジャンル分けをさらに複雑にしているのは、プレイヤーが同じゲームに対して異なる目的で接するようになったことです。

農場経営シミュレーターを例にとると、ストーリーを読みたい人、効率的な農場を設計したい人、村人との関係を育てたい人、単純に時間をゆっくり過ごしたい人が同じタイトルを選びます。これは「複数の要素を持つゲームを複数の目的で遊ぶ」という状況で、ジャンルという一軸の分類では捉えきれません。

批評の側もこの変化に対応しきれていません。「操作の仕組み」でジャンルを定義するか、「体験の質感」で定義するか、「目的の構造」で定義するかによって、同じゲームが別のカテゴリに入ります。たとえば「歩くだけで銃撃戦がない」ゲームをFPSと呼ぶかウォーキングシミュレーターと呼ぶかは、操作視点を採るか体験視点を採るかの違いです。どちらが正しいというより、使う基準が揃っていないことが混乱の原因です。

タグ文化がジャンルを補完し始めた

デジタル販売プラットフォームの普及とともに、「ジャンル」の代わりに「タグ」で作品を分類する文化が広がりました。タグは一つのゲームに複数付けられ、「ローグライク」「デッキ構築」「ピクセルアート」「一人用」「短編」といった異なる次元の情報を並列に並べられます。

タグは発見性という点ではジャンルより優れています。「ピクセルアートのホラーゲームで1時間以内に終わるもの」のような絞り込みが可能になるからです。一方で、タグはゲームを説明する共通言語にはなりにくいという弱点があります。「このゲーム何?」と聞かれたとき、タグの羅列では会話になりません。ジャンルは一言で伝えるための圧縮された言語でしたが、タグはその圧縮を意図的に解いたものです。

現在のゲーム探しは、ジャンルとタグを両方使い分けるハイブリッドな状態にあります。大まかな方向性をジャンルで確認し、詳細な条件をタグで絞り込む、というのが実際の探し方に近いでしょう。

ジャンル名は「期待値の調整」として使うと有効

ここまで見てきたように、ジャンルは「ゲームを正確に分類する道具」としては機能しにくくなっています。しかし「プレイヤーの期待値を事前に調整する道具」としては、まだ有効に使えます。

ゲームを探すとき、ジャンル名は「自分に合うかどうかを大まかに判断するフィルター」として使うのが現実的です。「ローグライク」と書いてあれば繰り返しプレイを前提とした設計だろう、「ビジュアルノベル」と書いてあれば読む時間が長いだろう、という期待値の調整には今もジャンル名が役立ちます。

一方で、ジャンル名だけでゲームの中身を決めつけるのは、外れる確率が高くなっています。「RPGだから戦闘がある」「パズルだからアクション要素はない」という前提は、現在のゲームには当てはまらないことが多いです。ジャンル名を出発点として使いながら、スクリーンショットや短い説明文、実際のプレイ映像で補足確認する手順が、今のゲーム探しには合っています。

ゲームを紹介したり説明したりする立場であれば、ジャンル名に加えて「何をする時間が一番長いか」「誰に向いているか」を一文で添えると、受け手の期待値がずれにくくなります。「ローグライク×デッキ構築で、一周30分から試せる」という伝え方は、単に「カードゲーム」と言うより具体的です。

次の行動

ゲームを探すときは、ジャンル名を出発点として使いながら、タグや短い説明文で「何をする時間が長いか」を確認する習慣をつけてみてください。アソバースでは投稿者が自分でゲームの説明を書けるため、説明文の書き方を工夫するだけでプレイヤーへの伝わり方が変わります。ジャンル名一語に頼らず、「何ができるか・何が楽しいか」を短く添えることが、今のゲーム紹介には特に有効です。