マガジン

「ちょうどよい難しさ」は科学で説明できるか

遊びを見つける

執筆にClaudeを使用しています。

プリズムの光、紙ひこうき、植物の芽を並べた実験机。
記事のテーマをもとに制作したAI生成イメージ。実際のゲーム画面ではありません。

簡単すぎるパズルは数分で飽きてしまい、難しすぎるパズルは数回の失敗で閉じたくなります。この二つの間に「ちょうどよい」ところがあることは、多くの人が経験的に知っています。では、その「ちょうどよさ」は科学で説明できるのでしょうか。 結論を先に述べると、「釣り合いが大切だ」という方向までは、複数の研究が支持しています。ただし「この数値が正解だ」と言えるところまでは届いていません。人によって、その日の状態によって、遊ぶ目的によって、ちょうどよい位置は動くからです。 この記事では、釣り合いに関する代表的な研究の考え方と、その限界を整理します。そのうえで、アソバースの公式作品が難しさをどう「選ばせて」いるかを設計から読み取ります。最後に、自分にとってのちょうどよさを自分のデータで確かめる実験の設計書を示します。

この記事の目次
  1. 「釣り合い」を語ってきた4つの考え方
  2. 研究が言えること、言えないこと
  3. 公式作品に見る「選ばせ方」と「支え方」
  4. 自分にとってのちょうどよさを確かめる実験設計
  5. 作る人への判断基準
  6. 次の行動
  7. 参考資料

「釣り合い」を語ってきた4つの考え方

難しさと能力の関係は、ゲームより前から心理学や教育学で扱われてきました。ここでは一般によく知られている4つを、短く紹介します。

  • フロー理論:心理学者のミハイ・チクセントミハイが唱えた考え方です。課題の難しさと自分の能力が釣り合い、目標と手応えが明確なとき、没頭した状態(フロー)が生まれやすいとされます。難しさが能力を大きく上回ると不安に、下回ると退屈に傾く、という図でよく説明されます。
  • 発達の最近接領域:ヴィゴツキーの概念です。ひとりでできることと、手助けがあればできることの間に、学びが最も進む領域がある、という考え方です。ヒントや見本といった「支え」が、難しさの一部として扱われています。
  • 逆U字の関係:ヤーキーズ・ドットソンの法則として知られます。覚醒(緊張や興奮)の水準が低すぎても高すぎても成績が落ち、中程度で最も良いという形です。ただし、課題の種類によって山の位置が変わるとされ、単純な一本の曲線として使うのは慎重にすべきです。
  • ほどよい複雑さへの注意:乳児の注意を調べた研究では、予測しやすすぎる出来事にも、予測しにくすぎる出来事にも注意が向きにくく、中間のものが注目されやすい傾向が報告され、「ゴルディロックス効果」と呼ばれています。釣り合いの感覚が、遊びが上手になる前の段階にも関わる可能性を示す話です。

4つに共通するのは、「易しすぎても難しすぎても良くない。間に山がある」という形です。一方で、この山がどこにあるかは、4つとも一つの値では答えていません。

研究が言えること、言えないこと

「ちょうどよい難しさ」を設計に使うとき、研究から借りられるものと借りられないものを分けておくと判断を誤りにくくなります。

借りられるのは、次の三つです。

  • 難しさが能力から離れすぎると、退屈か不安に傾きやすいという大まかな方向
  • 手がかりや見本などの支えが、実質的に難しさを変えるという見方
  • 目標と手応え(いま近づいているのか)が見えることの重要性

借りられないのは、次の三つです。

  • 「成功率が何%なら面白い」といった万能の数値。ゲームの種類、遊ぶ人、遊ぶ目的で変わるため、断定できません。
  • 「面白さ」と「学び」の混同。パズルを極めたい人と、気軽に気分転換したい人では、ちょうどよい位置が違います。
  • 一回のプレイからの判定。上達によって同じ設定が数日後には易しく感じられるので、釣り合いは動き続けます。

つまり科学は「釣り合いを見ることには意味がある」とは教えてくれますが、「あなたのちょうどよさ」は教えてくれません。だから設計の実務では、一つの正解を探すより、プレイする人が自分で位置を調整できる作りが重視されます。

公式作品に見る「選ばせ方」と「支え方」

アソバースの公式作品には、難しさを動かす仕掛けと、支えを足したり外したりする仕掛けが入っています。確認済みの範囲で整理すると、次のようになります。ここから先は「設計から読み取れること」であり、開発の意図を断定するものではありません。

  • 潮目のオセロ、難しさを動かすもの:3段階の相手、支えにあたるもの:返る石のプレビュー、理由付きヒント、一手戻す(ひとり対局のみ)
  • 灯りのチェス、難しさを動かすもの:3段階の相手、支えにあたるもの:駒の動き方ガイド、ヒント、一手戻す
  • かたちのあいだ、難しさを動かすもの:3×3の入門と4×4の2段階、支えにあたるもの:次の一手のヒント(最短とは限らない)、一手戻す、同じ配置の再挑戦、時計の一時停止
  • 時計じかけの台所、難しさを動かすもの:時間制限なしの見習いと、1皿28秒・配膳6秒・ミス3回までの本番、支えにあたるもの:見習いという練習の場、料理ごとの100点評価
  • こだまの森、難しさを動かすもの:6・8・10ラウンドの3コース、支えにあたるもの:聴き直し(15点減)、一時停止、音なしでも遊べる
  • 雨音のピアノ(記憶ゲーム)、難しさを動かすもの:3音から8音へ育つフレーズ、お手本の速さの選択、支えにあたるもの:お手本の速さを選べること
  • 小さな軌道、難しさを動かすもの:3つの星系、支えにあたるもの:全軌道予測(点線)と前回の軌道、予測を消して挑む選択
  • 紙ひこうき郵便、難しさを動かすもの:海辺・丘・山の3ルート(風が異なる。36秒5通、40秒8通、44秒10通)、支えにあたるもの:3回の接触まで続けられること

この表から読み取れることが三つあります。

一つ目は、難しさが「一本のつまみ」ではなく、複数の軸に分かれていることです。相手の強さ、盤の大きさ、時間制限、ミスの許容回数、覚える量など、軸ごとに別の負荷を調整できます。一つの軸が合わなくても、別の軸で調整できます。

二つ目は、支えに「代償」が付く作品があることです。こだまの森では聴き直しで15点減、間違いで30点減と、確認済みの仕様に明記されています。支えを使うこと自体は禁じられず、使うほど得点という形で難しさに戻ってくる、という作りです。この点は、ヴィゴツキーの「支えも難しさの一部」という見方と整合します。ただし、この数字の背後にある狙いは、作品を開いて確かめる部分です。

三つ目は、支えを外す選択肢があることです。小さな軌道は、軌道の予測を消して挑むこともできます。支えがある状態で慣れてから外す、という使い方が可能な作りです。かたちのあいだのヒントが最短とは限らないことも、ヒントに従うだけでは解き方を学べない余地を残していると読めます。これも、設計から読み取れる範囲での推測です。

時計じかけの台所の「時間制限なしの見習い」と「時間制限つきの本番」の組み合わせは、練習の場と本番の場を分けて、釣り合いを段階的に動かす形と言えます。

自分にとってのちょうどよさを確かめる実験設計

研究が個人の位置を教えてくれないなら、自分で測るしかありません。ここでは、道具を使わずに試せる設計を示します。結果は、この記事では示しません。あなたのデータで決まります。

問い

「自分が『ちょうどよい』と感じる設定では、成功率や『もう一回やりたい気持ち』はどうなっているか」を確かめます。

準備するもの

  • 難しさを選べる作品を一つ(たとえば、潮目のオセロの3段階の相手、かたちのあいだの2段階、こだまの森の3コース)
  • メモ(紙でも表計算でも構いません)
  • 一つの設定を何度か遊ぶ時間

手順

  1. 同じ作品で、易しい・中くらい・難しいの3つの設定を決めます。
  2. 各設定を同じ回数、遊びます。最初は各5回を目安にします。
  3. 設定の順番は固定しません。日を分けて、易→中→難の日と、難→中→易の日を作ります。
  4. 各プレイの直後に、次の項目を1行で記録します。
  • 設定(易・中・難)
  • 結果(クリアしたか。しなかったか)
  • 所要時間、または作品が表示する得点
  • ヒントや一手戻しを使った回数
  • 体感(退屈/ちょうどよい/きつい のどれか一つ)
  • もう一回やりたいか(はい/いいえ)

体感と「もう一回」は、結果を見る前、プレイ直後に書くのがコツです。結果を知ってから振り返ると、成功したから面白かったと後付けしやすくなります。

結果の読み方

設定ごとに、成功した割合、支えの使用回数の平均、「ちょうどよい」と答えた割合、「もう一回やりたい」の割合を並べます。見るポイントは次のとおりです。

  • 「もう一回やりたい」が最も多い設定の成功率はどのくらいか。その位置が、自分の山の候補です。
  • 成功率が高く「退屈」が多いなら、その設定は能力を下回っている可能性があります。
  • 成功率が低く、支えの使用が多く、「きつい」が多いなら、能力を上回っている可能性があります。
  • 成功率がほぼ同じでも体感が違うなら、成功率以外の要因(時間のプレッシャー、ミスの重さ)が効いています。

なお、こだまの森のようにコースで得点の満点が変わりうる作品では、コース間の点数を直接比べず、各コース内の変化を見ます。満点の扱いは、作品を開いて確かめてください。

起こりやすい誤り

  • 順番の影響:最初に難しい設定を遊ぶと、あとの設定が易しく感じられます。順番を入れ替える理由はここにあります。
  • 上達の混入:5回遊ぶ間にも上達します。最初と最後で成功率が変わるなら、設定の差ではなく学習の差かもしれません。
  • 同じ盤面の記憶:かたちのあいだのように再挑戦で同じ配置を使える作品では、覚えた分だけ易しくなります。再挑戦は別の項目として記録します。
  • 疲労と時間帯:夜遅い回だけ「きつい」が集中していないか確認します。
  • 少ない回数での判断:数回では偶然のぶれが大きく、結論を出せません。回数を増やしても傾向が不安定なら、「差が小さい」と受け止めるのが誠実です。
  • 他人との比較:結果は自分用です。他人の「ちょうどよい」を基準にしません。

また、これらの作品の記録は、画面を開いている間だけ残るもの(保存があるのは余白の庭・WAVE / WAVE・かたちのあいだの3作品)が多くあります。画面を閉じる前にメモへ写してください。

作る人への判断基準

投稿作品を作る立場なら、「ちょうどよい」を一つの値で決めようとせず、次の問いで点検するのが実用的です。

  1. 軸を分けられるか:強さ、時間、ミスの許容、覚える量のうち、独立して動かせる軸はいくつありますか。
  2. 支えを段階化できるか:ヒントは常に出るのか、求めたときだけ出るのか。使うと何かが減るのか。外す選択肢はありますか。
  3. 練習と本番を分けられるか:失敗の重さがない場所はありますか。
  4. 失敗の理由が見えるか:やり直す手がかりが画面に残りますか。
  5. やめどきが選べるか:一時停止や中断の手段はありますか。

この点検を満たしても、実際の遊び手が「ちょうどよい」と感じるかは別問題です。公開後は、レビューやプレイ回数の様子から調整を考えます。ただしプレイ回数は作品の起動の実測回数で、人数ではありません。数字の読み方には注意が必要です。

次の行動

まず、いつも遊ぶ作品の難しさの設定を一つ選び、その設定で5回遊んで、体感と「もう一回やりたいか」をメモしてみてください。次に、設定を一段変えて同じことを行い、並べて比べます。

作る側の方は、自作の難しさを動かす軸を紙に書き出し、「支えを足す・外す」をどこで選ばせているか点検してみてください。

参考資料

  • ミハイ・チクセントミハイ『フロー体験 喜びの現象学』
  • レフ・ヴィゴツキーの「発達の最近接領域」に関する解説書・教育心理学の教科書
  • ヤーキーズ・ドットソンの法則に関する心理学の入門書
  • 乳児の注意と「ゴルディロックス効果」に関する発達心理学の解説