チェスでポーンが後ろにも動けたら
遊びを見つける執筆にClaudeを使用しています。

1.e4 e5 2.Nf3 Nc6 3.Bb5。チェスを少し知っている人なら、この3手で定石の名前が浮かぶかもしれません。ここで、ポーンだけが「空いている真後ろのマスにも1マス動ける」ルールに変わったと考えてみます。1.e4と指した白のポーンが、次の手でe3へ戻れる世界です。 ポーンは通常、前にしか進めないため、一度動かすと元には戻せません。その不可逆性が、序盤の「どのポーンをいつ動かすか」という悩みの正体です。後退が許されると、この悩みは軽くなるのでしょうか。それとも別の悩みが生まれるのでしょうか。 この記事は答えを書きません。ルールを一つだけ変えた対局を自分で行い、定石がどこから崩れるかを記録するための設計書です。準備、手順、記録の取り方、結果の読み方、誤りやすい点の順に説明します。
ルールを一つだけ変える:定義と固定項目
実験の前に、「後ろにも動ける」を曖昧さのない文章にします。ここが曖昧だと、対局中に揉めて記録が使えなくなります。次の取り決めを紙に書いてから始めます。
- 後ろへの移動は、真後ろに1マスだけです。斜め後ろや2マス後退はありません。
- 後ろへの移動では駒を取れません。空いているマスにだけ動けます。取りは通常どおり斜め前だけです。
- 後退は自分の2段目までです。白は2段目、黒は7段目より後ろへ下がれません。
- 2段目(黒は7段目)に戻ったポーンは、再び2マス進めます。
- アンパッサン、昇格、キャスリング、同一局面3回での引き分けは通常ルールのままです。
変えるのは「ポーンの後退」の一点だけです。駒の初期配置、先手は白、時間制限の有無も基準対局と同じにします。
4番は特に重要です。e2のポーンがe3へ進み、またe2へ戻れば、そこから再びe4へ進めます。この往復が何を意味するかは、対局する人が考えることです。それでも、判断が人によって変わらないよう、取り決めは先に固定しておきます。
次のコードは、この取り決めどおりにポーンの動ける先を列挙する最小例です。ブラウザで開くだけで動き、外部ライブラリは使いません。取りと昇格は省略しています。盤上の判定を手で確かめる補助として使います。
<!doctype html>
<meta charset="utf-8">
<pre id="out"></pre>
<script>
// board[段][筋]。段0が白の1段目。nullは空き、'P'は白ポーン
const board = Array.from({length: 8}, () => Array(8).fill(null));
board[3][4] = 'P'; // 白ポーンをe4に置く
const name = (f, r) => 'abcdefgh'[f] + (r + 1);
const isEmpty = (f, r) =>
f >= 0 && f < 8 && r >= 0 && r < 8 && board[r][f] === null;
function pawnMoves(f, r, color, allowBack) {
const d = color === 'white' ? 1 : -1;
const home = color === 'white' ? 1 : 6;
const moves = [];
if (isEmpty(f, r + d)) {
moves.push(name(f, r + d));
if (r === home && isEmpty(f, r + 2 * d)) moves.push(name(f, r + 2 * d));
}
const back = r - d;
const okBack = color === 'white' ? back >= 1 : back <= 6;
if (allowBack && okBack && isEmpty(f, back)) moves.push(name(f, back));
return moves;
}
out.textContent =
'基準: ' + pawnMoves(4, 3, 'white', false).join(', ') + '\n' +
'変種: ' + pawnMoves(4, 3, 'white', true).join(', ');
</script>e4のポーンに対して、基準ルールと変種ルールで候補がどう変わるかを見ます。ルール文と食い違う場合は、コードかルール文のどちらかが間違っています。
準備するものと対局の進め方
準備するものは次のとおりです。
- 実物の盤と駒、またはチェスの盤を自由に動かせる環境
- 対局する2人(強さが近い人同士が望ましい)
- 記録用紙(1局につき1枚)
- 筆記用具、または表計算ソフト
- 自分が名前を知っている定石を書き出したメモ
基準対局には、アソバースの「灯りのチェス」の同じ画面でのふたり対局が使えます。取った駒と全棋譜が表示されるため、あとから記録を書き写しやすいからです。ただし、このゲームは通常ルールで動くため、ポーンの後退はできません。変種対局は実物の盤で行います。
CPUとの対局は使えません。CPUは変種ルールを知らず、通常ルールで考えるためです。また、ヒントや一手戻す機能もルールに含まれないので、基準側でも使わない方が条件がそろいます。
手順は次のとおりです。
- 基準対局(通常ルール)と変種対局を、5局ずつ行うと決めます。
- 順番は基準、変種、基準、変種…と交互にします。続けて変種ばかり行うと、慣れの影響が結果に混ざるためです。
- 先手後手は局ごとに交代します。
- 1局あたりの上限は、たとえば40手までと決め、その時点で打ち切ります。長い終盤まで付き合うと、序盤の差が見えにくくなります。
- 各局の前に、後退手の判定係を決めます。対局者同士で見落としたときに、止める人が必要です。
最初の1局は練習として、結果を数えないことにします。変種ルールの感覚をつかむための1局です。
記録:何を、どの単位で取るか
1局を記録用紙の1枚、1手を1行として、全手を標準の記法(e4、Nf3など)で書きます。後退手には印を付けます。たとえばe4からe3への後退は「e3↓」のようにします。
あとから集計する項目は、次の5つです。
- 後退手の回数、取り方:自分の最初の10手の中で数える
- ポーンを動かした手の割合、取り方:最初の10手のうち、ポーンの手が何手か
- 最初の駒取りの手数、取り方:何手目で最初の捕獲が起きたか
- キャスリング完了の手数、取り方:実行した手数。していなければ空欄
- 定石との一致、取り方:最初の6手が、メモにある定石と一致するか(一致/途中まで/別物)
単位は「1局1行」です。5局を並べて見られる一覧表にすると、変種と基準の差が目に入ります。
もう一つ、数字にならない欄を設けます。後退手を指した直後に、その理由を一言で書く欄です。「攻撃されたから」「手待ち」「形を直したかった」のように、指した本人が対局後に書きます。数字だけでは、後退がなぜ起きたのかが分かりません。
結果の読み方:事前に判断の目安を決める
結果を見る前に、判断の目安を自分で決めておきます。後から目安を決めると、見たい結果に合わせて解釈してしまうためです。たとえば、次のような目安を紙に書いておきます。
- 最初の10手での後退手が、変種の5局でほぼ0回なら、ルールは存在しても使われていないと読みます。理由欄で、後退より駒の展開を優先した様子があるか確認します。
- 後退手が出ているなら、理由欄で分類します。攻撃を受けた直後の後退が多いなら、防御の道具として使われています。駒を動かさずに手番を渡すための後退が多いなら、手待ち(テンポ調整)として使われています。
- 最初の駒取りの手数が、基準より変種で遅くなる傾向があれば、後退が攻めの勢いに影響した可能性があります。差がなければ、影響は小さいと読みます。
- 定石との一致が、基準では多く、変種では途中で外れるなら、崩れ始める手数に注目します。どの手で外れたかを、棋譜の上で見つけます。
ここで大事なのは、「崩れた」の定義を先に決めることです。たとえば「最初の6手の中で、メモの定石から外れた手が出た時点」とします。定義が人によって違うと、5局の比較ができません。
また、5局の差は傾向としてしか読めません。1局で大きな差が出ても、それが後退ルールのせいか、その日の調子のせいかは区別できません。結論は「この2人の5局では、こう見えた」にとどめます。
誤りやすい点
実験の質を下げる原因は、いくつかに絞られます。
慣れの混入。 変種を何局か指すと、ルールに慣れて指し方が変わります。基準と変種を交互に行うのはそのためです。それでも、最初の1局は練習として外します。
見落としと判定のぶれ。 後退は、盤を見ていても見落としやすい動きです。後ろへ動かせるポーンの数が増えるため、相手の狙いを読み違えることがあります。判定係を置き、取り決め3(自陣の2段目まで)や2(後退では取れない)の違反を、その場で止めます。
同一局面の反復。 後退が使えると、前へ進んで戻る往復が可能になります。同一局面が3回現れると引き分けになる規定は通常ルールのままなので、この規定が基準より早く現れるかどうかも、観察の対象になります。引き分けになった局は、上限の手数に届かなくても、そこで終えて記録します。
定石の知識への引きずられ。 定石を知っている人ほど、無意識に定石どおりの手を指します。変種では、定石の意味づけが変わるはずなのに、基準と同じ手を選んでしまうことがあります。これを避けるには、変種の対局の前に「今日は定石を確認する実験ではなく、新しいルールで考える実験だ」と、2人で決めておきます。
強さの偏り。 一方が明らかに強いと、ルールの差より実力差が棋譜に出ます。実力が近い相手を選びます。近い相手がいない場合は、1人で両側を指す形でも構いませんが、その場合は先を読みすぎて、どちらかに肩入れしないよう注意します。
ルールの途中変更。 対局の途中で「やっぱり斜め後ろも許そう」と変えると、それまでの記録が使えません。変えたくなったら、その局で打ち切って、新しいルールで別の実験として始め直します。
次の行動
まず、上の5つの取り決めを紙に書き、判定係を決めます。次に、灯りのチェスのふたり対局で基準の1局を指し、全棋譜を記録用紙に写して、記録の取り方に慣れておきます。そのうえで、実物の盤で変種の練習局を1局指してから、5局ずつの本番に進みます。
結果が出たら、「どの手で定石から外れたか」を一つ選び、その局面に戻って、別の手を指したらどうなったかを考えてみます。次の実験の問いは、その局面から見つかるはずです。

